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プロフィール

レイジーキャット

Author:レイジーキャット
梅澤 哲也 1959年1月生まれ
元HRCエンジンチューナー。1991年より米軍放出品店を開業。
趣味はオートバイ、スキューバーダイビングと射撃 



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LA MOTO KOHSAKA
名古屋オートバイショップ ラ・モト コウサカ
私が尊敬している元HRCの凄腕メカニックの高坂さんを紹介させて下さい。
以外といないのが、本当にオートバイレースのワークスで活躍して有名な
元HRC正社員のお店。ラ・モト コウサカ(ホンダドリーム名古屋西)は私がワークス
にいた間、大変お世話になり、勉強させて頂いた筋金入りのレースメカニック
高坂さんのお店です。

出会いはやはり入社一年目の鈴鹿サーキット。当時、RSCは鈴鹿のRSC-Sと
朝霞研究所内にあるRSC-Aと2部署に分かれており、RSC-Aだった私が新卒として
鈴鹿サーキットでRSC-Sのスタッフに紹介された時でした。高坂さんは当時、
何故か嬉しそうに「ウメ、ちょっとココ触ってみんかい」と腰を出して来たので、
恐る恐る触って見ると、なんと腰骨の横からボルトが飛び出ているのでした。
そして「こっちにもボルトが入っているんだ」と嬉しそうに喋ってました。
当時、氏はRS125の開発をしており、何事も究極までやらねば気が済まない氏は
自身で鈴鹿サーキットを積極的にテスト中、転倒し骨折したそうです。
なんとも壮絶な出会いで、それ以来、氏のメカニックとしての技術にワークス
の作業を通して絶大の信頼と尊敬を持っています。

NRに吸収されてHRCになる前のRSCは本当に少人数グループだったので、仲間意識
が強く、私も高坂さんに可愛がってもらえたのだと思い感謝しています。

ホンダのバイク新車、中古車、、ウェアそしてレース車両を扱っています。
言うまでもなく、信頼のHRC指定レーシングショップです。

http://www.la-motokohsaka.com
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My resume
履歴書
年金特別便が遂に私に届いた。今、問題になっているのは年金記録の紛失や改ざん。
ところが、この報告書の何処を読んでも未納の期間や改ざんに関するデータ―が
ない。早速、電話で問い合わせたら、たしかにその年金特別便では未納個所が
判らないので、希望者には年金納付記録を送付させて貰うとの事でした。
納付記録を受け取ってから、次は改ざんをどう確認するか?事務所に行かねば
ならないようだ。お役所仕事は何を考えているのか?全く理解できない。
20081017.jpg
あらためて記録を見てみると、私は大学卒業後に本田技研に入社しただけなのに、
12年間でたくさんの会社を渡り歩いた事になっている。本田が研究所などを
別会社として、登記している為だが、兄の結婚式でもHRCにいた時、本田の子会社に
勤めていると紹介されて、なんとなく違和感を覚えたのを思い出した。
入社直後は研修期間で3ヶ月ごとに営業所(販売店)実習、工場実習(ライン)、研究所
実習で、実習なのにそれぞれ会社が変わった事になっている。

ちょっと、思い出話をすると、営業所実習は販売会社が完全に本社と別会社だった
為、本田技研と販売会社両方から給料が貰えて、リッチな3ヶ月が過ごせ
ラッキーだった。ただし、実習期間は1日100軒飛び込み訪問を繰り返し、それでも
旨く注文が取れずに、公園のベンチで休んでいると他社の営業マンと目があってし
まう笑えない毎日だった。身体的には楽だったが、精神的にはきつかった。
結局、私が販売したのは本来売るべき車ではなくCB750と原付のタクトだけ。
工科系で入社しているので、しょうがないが、営業素質は私にはないらしい。

次の工場実習は身体的には地獄だった。狭山工場の大型車ライン(車組)
プレリュードのフロントシート付けを行った。今はシート付けとかウインドウ付けの
重労働は機械で自動化されているが、当時は人の手!重いシートを持って、腰を屈めて
車内に運び込み、ボルト付けを毎日行った。体重は3ヶ月で10kg痩せて、腰痛になって
しまい、椎間板に痛み止めの注射をして作業を続けた。ウインドウ付けの友人の手は手首
を痛めて、麻酔の注射を打ち、二人で注射の本数を競っていた。なんとも壮絶は研修
であったが、3ヶ月と言う期限があったからこそやり遂げられた仕事だった。
またインパクトレンチによるハクロウ病も経験出来、毎朝、握ったまま開かない手の指を
無理やりこじ開けて曲げる日々を過ごしていた。この期間には同期の仲間に精神的に
助けられ本当に感謝している。仕事がキツかった分、仲間の気ずかいが身に染みて
嬉しかった。

そして最後の研究所実習は実は試用期間みたいなもので、この10月に私は実際の配属先で
あったRSCに配属された。最初は設計配属だったのだが、当時はエンジンチューナーになりたく
て、設計は痔になるとしか考えていなかった、なんとか懇願が受け入れられてベンチテストに配属。
そしてボールドウィンやアルダナからドーハンの時代まで4ストワークスエンジン開発を
担当する事になったのだ。

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2007年5月ロサンジェルスその8
ストリートバイク
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●レーサーレプリカがなんといっても若者の間で流行。
レザーレーシングスーツのフル装備も多く見かける。
どっちかと言えば、流行はネイキッドではなく、レーサーレプリカだ。
ハーレーのいるにはいるが、土日の熟年ライダーが多い。
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●トラもビキニカウルのカフェレーサーがクール。
美しいクランクケースもメッキがLA風


絶版車
最近、絶版オートバイのCB750FourやCB-(750,900,1100)Fが人気で価格が
上がり、専門の本が出ているそうだ。出版業界は不況だそうだが、このような
マトを絞って深く掘り下げた本は、ある程度の販売が見込め、また大手の
広告も入る事から成功している。特に、メーカーの協力(許可)を得て、
当時の開発担当者に時代背景や開発苦労話を聞き出しているのは、
興味深い。
そして、これらの本の最後には、入手困難となっている絶版パーツリストの
コピーを付属するのが、お約束となっているようだ。
読者を立ち読みでは済まさせない為の良いアイデアだと思う。

私がRSCに入社した当時は、RS1000のエンジンチューニングが仕事だった。
その時にアメホンから来日した、ドイツ人のチューナーと現BITO R&Dの美藤さん
のお二人からスペンサーのデイトナスーパーバイク優勝の御土産
を頂いた。私の数少ない当時の記念品だ。
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●優勝記念ホンダ イズ ナンバー1のピンズとマグカップ
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●記念ステッカー



最高速
オートバイでの最高速はその昔、70年代に少年チャンピオンで読んだ‘750ライダー’
のパイロット版が懐かしい。題名は‘750ロック’ 少年サンデーに掲載された。
200km/hを超える事をCB750FOURで挑むのだが、事故ってしまう。が、転がった
スピードメーターが200km/h超えを証明していたストーリー。
まだ、中学生だった私にはとても刺激的で、いつかは自分も挑んでみたい!と
(死にたくはないけど)無謀にも考えていた。

そして、私は大学を出て本田技研に入社し、憧れのRSCに配属。そのままHRCになった訳だが、
レースシーズン終了時に栃木のテストコースで何度か走行体験の機会があった。
コースは直線番長が試せるオーバルコースとワインディング。
オーバルコースで最高速に挑んだ。マシンはNSR500。150馬力以上で車重は約125kg程。
気分はもう750ロックだ。
当然、スピードメーターはついていないが、ほぼ300km/hを体験出来た。

300km/hの世界は視界が狭く、トンネルの様に見える。つま先がカウルから出た
だけで、減速し、足を後に持っていかれる感じだ。マシンと路面コースが良すぎて
漫画の様な事故もなく、あっけなく更に100km/h超えて走ってしまった。


初夢
東京都は三宅島オートバイレース大会(仮称)について、実施基本案を発表。
 
(1) 開催の趣旨  三宅島の災害復興および産業・観光振興をさらに推進するため、
日本初となる一般道路を使用した本格的なオートバイレースを開催します。
 あわせて、観光客・島民も楽しむことのできる様々な魅力あるイベントを実施します。

(2) 大会の実施基本案 開催期間(予定)  平成19年11月9日(金)から11日(日)
11月 9日(金)  ○公式車検・公式練習 ほか
11月10日(土) ○公式練習 ○パレード ○前夜祭
11月11日(日) ○エキシビジョン ○レース ○表彰式
 *今後この実施基本案をもとに、さらに具体的な検討を行っていきます。 

(3)今後のスケジュール 基本案をもとに、さらに具体的に検討し、平成19年4月を目標に大会の実施計画案の取りまとめを行います。
参照Webサイト
http://www.miyakemura.com/pr/ms/ms.htm
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 ☆RSC時代、先輩メカニックから貰ったマン島土産ステッカー

英国マン島レースを模した三宅島レースが正式に開催されることに。
私がRSCの時代、マン島レースはI.O.M.(Isle Of Man)と呼んでいた。三宅島もI.O.M.で同じだ。
有名なライダーも呼んで盛り上げて貰いたい。ハスラムや故ダンロップが懐かしい。
当時、冗談でサーキットのウレタンバリアーにレンガや電柱の絵を書けば彼らが
最速になるのでは?と言っていた程、早かった。

LA バイク事情
RICE ROCKET
LAのバイクムーブメントは確実に劇的変化をとげている。
20年近く、ロサンジェルスのバイク事情を見てきたが、90年代
以前は不毛の時代で、ゴールドウイング以外殆ど、走っている姿は
見れなかったし、その数も少なかった。出張中にアメリカンホンダで
聞いた話では、フリーウェイ走行中に狙撃される事件が多発し
ますます人気がなかったそうだ。
そこに火を付けたのが、90年に湾岸戦争でボーナスを貯めて帰国した
若い兵士たち。デザートシールド作戦では一年近くイラクと対峙し、
酒が飲めない中東ではお金が貯まるばかり。
帰国後、彼らの多くがハーレーを購入して爆発的に流行。
そしていつもの様に日本にもハーレー人気が移行した。
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 ★ヤマハのYZF-R6
しかし、ここ1~2年でLAではレーサースタイルのバイクが流行。
米国では600ccのレースが盛んなので、その影響も高いのだろう。
カウリングに漢字で隼や、本田、等の巨大ステッカーを
貼っているのもこちらでは異国情緒でうけているようだ。
米国に日本のバイクが入った頃、アメリカ人はRice Rocket(お米のロケット)
と呼んだ。いまでもハーレー乗りはライス・ロケットと呼んでいるそうだ。
来年あたり、日本でもレーサーレプリカ復活となるか?

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 ★ハーレー・エレクトラ・グライド
友人はハーレーを新車に買い換えていました。タンクにはPEACE MAKER SPECIAL EDITION
の文字が入っている。これはハーレーのローエンフォースメント商品で
購入価格は2~3千ドル引きの設定となっている。
友人は警察のヘリコプターパイロットなので購入出来ますが、一般人は購入不可。
この他にファイアーファイター版もあるそうだ。

そろそろ仕入れ旅行も終わりに近ずき、荷物のパッキングに追われ
飛行機に乗る事となります。友人と射撃に行きましたがその様子は
帰国後にアップしますので、のんびり待っていて下さいね。