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レイジーキャット

Author:レイジーキャット
梅澤 哲也 1959年1月生まれ
元HRCエンジンチューナー。1991年より米軍放出品店を開業。
趣味はオートバイ、スキューバーダイビングと射撃 



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2010年12月 飛べ100年の夢「空と宇宙展」
2010年12月 飛べ100年の夢「空と宇宙展」

親子3人で国立科学博物館へ行って来ました。お目当ては特別展「空と宇宙展」
日本の飛行機と宇宙開発の歴史です。

2010122601.jpg

殆どの人のお目当ては「はやぶさ」。凄いひとだかりです。

2010122602.jpg

元エンジンテスト屋の私はつい、エンジンに目がいってしまいます。
このエンジンは隼のハ-115(栄21型)エンジン

2010122603.jpg

シリンダーフィンの造型がたまりません。フィンの薄さ、深さが美しいです。
ちょっと工具が当たると「チィーン」と高い音を立てそう。
ポルシェのアルミシリンダーも同様にフィンが薄く、密集していて美しいのです。

最近はオートバイでも空冷エンジンに回帰している大人向けモデルが作られて
いますが、フィンの造型もこだわって美しく作って欲しいです。
少しぐらい価格が高くなってもロストワックス等で作って貰えれば嬉しいの
ですが…

2010122604.jpg

橘花のネ-20ターボジェットエンジン
国産初のジェットエンジン。追浜の海軍航空技術廠で開発された。
海軍航空技術廠は現在、日産の工場となり、テスト飛行をした滑走路は
自動車のテスト走行コースとなっている。

最近、今もホンダに勤める同期の友人と呑んでいて指摘され
気が付いたのだが、どうやら私の親父がそこで働いていたらしい。
もう父は亡くなっているので詳細を聞く事が出来ないのだが、
父の話を友人に話したら、
それって海軍最高機密の研究所で働いていたんじゃない?と言われて
調べてみたら、どうやらその通りみたいです。

私の父は高専で建築を学び、19歳で赤紙。海軍に取られました。
浜名海兵団に入り、その後、追浜で本土決戦用の要塞作りを研究していた
そうです。4発の重爆撃機「連山」も見た事があると言っていました。
1年も経たない内に終戦。その時は下士官になっていたそうです。
階級を聞いたのですが、特務技…とかで意味不明。一般的には軍曹ぐらい
と言ってました。ちなみにその時が人生でもっとも多く部下を持っていた
そうで、人手不足でとなりの部屋も兼任していて50人程、部下がいた
そうです。終戦後、東大の建築の浜田稔研究室で助手をしていて
火災で焼失した法隆寺の修復を手がけたそうです。その修復中に
私の母と知り合い、結婚。法隆寺の火事がなければ私は存在しないのです。
(タイムマシーンが出来ても決して火事を止めないで下さいね!?)
その後、助手の薄給に嫌気がさし、より高給の損害保険料率算定会に
教授の推薦で転職。定年まで勤めました。

親父から聞いた話では、親父が見た海軍航空技術廠での迎撃用戦闘機は
総て真っ黒に塗られてカラスと呼ばれていたそうです。(終戦直前)
私がホンダのRSC時代、朝霞研究所で見た試作車も、真っ黒に塗られてカラスと
呼ばれていました。ホンダも初期は旧軍のエンジン設計者がいたそうなので、
旧軍からの伝統かもしれませんね。

なんで突然、東大の助手になれたのか?いままで謎だったのでしたが、
海軍での仕事がキッカケだったと今になって納得。

物を言わぬネ-20エンジンを見ると、もっと生きている間に親父に話を
聞いておくんだったと、後悔です。